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仙台高等裁判所 平成5年(ネ)381号 判決 1997年7月18日

主文

一  原判決中、本訴請求に関する第一審被告ら敗訴の部分を取り消す。

二  第一審原告らの本訴請求をいずれも棄却する。

三  第一審被告らのその余の控訴及び第一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を第一審原告らの負担とし、その余を第一審被告佐藤隆の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  平成五年(ネ)第三八一号事件

1  控訴の趣旨

(一) 原判決中、第一審原告ら敗訴の部分を取り消す。

(二) 第一審被告らは、第一審原告佐藤ちよに対し、昭和六三年七月七日遺留分減殺を原因として、原判決別紙物件目録記載2の不動産につき各一億三八三五万六〇〇〇分の一六一一万一五二一の、同目録記載5の不動産につき各一億四九一六万分の一七三六万九六四四の各持分一部移転登記手続をせよ。

(三) 第一審被告らは、第一審原告佐藤政子に対し、昭和六三年七月七日遺留分減殺を原因として、原判決別紙物件目録記載2の不動産につき各一億三八三五万六〇〇〇分の八四七万七七八三の、同目録記載5の不動産につき各一億四九一六万分の九一三万九七九九の各持分一部移転登記手続をせよ。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの連帯負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一) 第一審原告らの本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は第一審原告らの負担とする。

二  平成五年(ネ)第三八二号事件

1  控訴の趣旨

(一) 原判決中、第一審被告ら敗訴の部分を取り消す。

(二) 第一審原告らの請求を棄却する。

(三) 第一審原告佐藤ちよは、第一審被告佐藤隆に対し、二一三五万八〇〇〇円及びこれに対する平成五年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一) 第一審被告らの本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は第一審被告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  当事者双方の主張は、次のように加えるほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一三頁七行目の「3及び4」を「(三)及び(四)」に、同一五頁五、六行目の「二四五八万九〇〇〇円」を「三四五八万九〇〇〇円」に、同二二頁一行目の「現地点」を「現時点」に、同三〇頁二行目の「被告の本訴誠治」を「第一審被告らの本訴請求」に、同三二頁二行目の「翌日である平成五年五月二八日」を「日である平成五年五月二七日」に、同三三頁六行目の「七月二九日」を「七月八日」に改める。)。

二  当審における当事者の主張

1  第一審原告ら

(一) 原判決は、原判決別紙物件目録記載2及び5の土地のみを遺留分減殺の対象となる土地であるとし、同目録記載1、3、4及び6の土地は、これが贈与された時に、第一審原告らの遺留分を侵害する認識があったとは認められないとしたが、この認定判断は誤りである。

まず、遺留分侵害の認識の有無は、当該贈与があった時の事情を前提に認定すべきであるから、被相続人誠治の所有財産や贈与財産の価額は、贈与が行われた時の評価額を基準とすべきである。さらに、誠治は、自己名義の不動産のすべてを第一審被告らに贈与する意思を有し、その意思に基づいて同目録記載1ないし6の土地を第一審被告らに贈与したものであり、第一審被告らも、誠治のこの意思を知っていたものである。そして、贈与が二回に分けられ、その時期が離れているのは、贈与税の節税のために行われたからであるにすぎない。したがって、同目録記載1ないし6の土地は、一体不可分の意思に基づいて贈与されたものであるから、すべて遺留分減殺の対象となるべきものである。第一審原告らは、同目録記載2及び5の土地について遺留分減殺を原因とする持分一部移転登記を求めているが、これは、具体的な減殺部分の算定において、減殺の順序が形式的な登記簿上の先後に従うことになるからであるにすぎない。

(二) 原判決は、原判決別紙物件目録記載1、3及び6の土地について、受益者が誠治の相続人ではないから、第一審被告隆の特別受益にはならないとした。しかしながら、これらの土地は、第一審被告隆の法定相続人であるその余の第一審被告らに対して贈与されたのであり、言わば中間省略的な贈与であるにすぎず、第一審被告隆の相続が開始すれば結局同じ結果になるのであるから、このような間接受益者も特別受益者とすべきである。

(三) 原判決は、第一審被告隆の特別受益のうち、大学(医学部)教育費用、豪華な結婚費用、医院開業費用について、合計一〇〇万円余りを認定するにとどまっているが、常識にかなった金額とはいえない。

(四) 原判決は、第一審原告政子が原判決別紙物件目録記載15の土地の購入について、誠治から三〇〇万円の援助を受けたとし、これを第一審原告政子の特別受益としているが、この土地は、第一審原告政子が全額自己の資金で購入したものである。

2  第一審被告ら

(一) 原判決は、原判決別紙物件目録記載11ないし14の土地について、これを第一審原告ちよが購入したものであると認定して、遺留分算定の基礎になる財産に加えず、遺留分侵害の認識の有無を認定する資料にもしていない。しかしながら、これらの土地が購入された当時、第一審原告ちよにはこれを購入できるだけの経済的な余裕がなかったことは明らかである。そして、誠治は、昭和三〇年代に、原判決別紙物件目録記載の不動産を含む多くの不動産を、自己の名義だけではなく、第一審原告ちよや愛人の名義で購入し、また、これらを売却したりしていたのである。したがって、同目録記載11ないし14の土地は、売れ残った誠治の遺産である。

(二) 誠治が第一審被告らに原判決別紙物件目録記載1ないし6の土地を贈与した時、誠治はその合計額を上回る不動産を所有していたのであるから、誠治についてはもちろん、第一審被告らには遺留分侵害の認識はなかった。

(三) 原判決は、原判決別紙物件目録記載10の建物について、その新築時に第一審原告ちよが誠治から贈与されたものであると認定している。しかしながら、この建物は、新築時に誠治による所有権保存登記がされていないままであったことを奇貨として、第一審原告ちよが勝手に自己名義に保存登記したものであって、誠治からの贈与の事実は存在しない。

(四) 原判決別紙物件目録記載15の土地は、誠治が全額を出して購入したものである。したがって、この土地は誠治の遺産である。

(五) 第一審原告らが誠治から贈与された宝石、着物、象牙、仏壇等の物品について、原判決は、贈与の事実自体は認めていながら、特別受益財産としてその価額を算定していないのは不当である。

(六) 以上のように、第一審被告らは、原判決別紙物件目録記載1ないし6の土地の贈与を受ける時、第一審原告らの遺留分を侵害する認識を有していなかったばかりでなく、誠治の死亡による相続開始時においても、客観的に遺留分を侵害していない。仮に、計算上遺留分を侵害するものと認められた場合、第一審被告らは、裁判所の定める価額を弁償する。

第三  証拠(省略)

理由

第一  本訴請求について

一  原判決三五頁二行目から同三八頁三行目までの説示を引用する。

二  本訴請求原因二2(一)の事実は、当事者間に争いがない。

右によれば、誠治から第一審被告らに対する原判決別紙物件目録記載1なしい6の土地の贈与のうち、最も遅い時期に行われたものから相続開始までに八年以上の期間が経過しているのであるから、この贈与を遺留分減殺の対象とするためには、誠治と第一審被告らの双方が、遺留分権利者である第一審原告らに損害を加えることを知って贈与をしたものであることを要する。

そこで、この点について検討するに、証拠(乙七五ないし八二)によれば、第一審被告らは、右贈与について、対象財産の価額を合計一一七五万三〇四九円として贈与税の申告をしていることが認められ、その申告書の記載内容に照らし、これは、固定資産税評価額倍率方式による時価であると推認される。一方、原判決別紙物件目録記載9の土地は、当時誠治の所有する土地であり、誠治死亡時においてもその遺産であることについて当事者間に争いがないところ、証拠(乙八三の一、二、八四の一ないし三、九四ないし九六)によれば、この土地付近の昭和五三年度及び昭和五四年度の路線価は、一平方メートル当たり一万四〇〇〇円であることが認められる。したがって、路線価を基準にしたこの土地の価額は、一三九七万二〇〇〇円(一万四〇〇〇円×九九八平方メートル)であると認めることができる。

そうすると、固定資産税評価額倍率方式及び路線価方式は、いずれも相続税及び贈与税が課税される場合の土地の評価方法として共通の目的の下に用いられるものであるから、両方式による土地の評価方法の差異はさほど重要ではなく、右土地の価額の比較により、第一審被告らに対する右贈与の当時、誠治は、右贈与の額を上回る価額の土地を含む財産を有していたことが明らかである。そして、前記のとおり、この贈与から相続開始までに八年以上の期間が経過していること、当時誠治の資産が減少するおそれがあるような事情がうかがわれないこと等にかんがみると、右贈与が遺留分権利者である第一審原告らに損害を加えることを知って行われたものであるということはできない。

三  以上によれば、第一審原告らが遺留分減殺の対象(あるいは減殺の可能性がある)として主張する原判決別紙物件目録記載1ないし6の土地の贈与は、いずれも遺留分減殺の対象とならないことが明らかであるから、その余の点について検討するまでもなく、第一審原告らの本訴請求は理由がない。

第二  反訴請求について

一  第一審被告隆の反訴請求は、第一審原告ちよが原判決別紙物件目録記載11ないし14の土地を処分したことをもって、誠治所有の同土地に対する不法行為であるとし、自己の相続分の範囲内において、その損害賠償を求めるものである。

二  証拠(乙一、四、九)によれば、第一審原告ちよと東北地方建設局との間の原判決別紙物件目録記載11及び12の土地の売買契約の内容について、同建設局に対し、昭和六三年一二月一五日付けで弁護士法二三条の二に基づく照会がされ、同月二一日付けでその回答がされていること、第一審原告ちよと芳光商事株式会社との間の原判決別紙物件目録記載13の土地の売買契約の代金額について、同会社に対し、弁護士法二三条の二に基づく照会がされ、昭和六三年一二月一九日付けでその回答がされていること、第一審原告ちよから藤ガス株式会社に対して原判決別紙物件目録記載14の土地の売買に基づく所有権移転登記が経由されている旨の記載がある登記簿謄本の認証日が昭和六三年七月二五日であることが認められる。これによれば、第一審被告隆は、遅くとも昭和六三年一二月中には、原判決別紙物件目録記載11ないし14の土地が第一審原告ちよによって処分された事実を知っていたものと推認することができる。さらに、証拠(乙四七、六八、七三、七四)によれば、第一審被告隆は、誠治が昭和四八年から昭和四九年にかけて第一審被告隆に語った話を録音しており、その内容を通じ、原判決別紙物件目録記載11ないし14の土地は誠治が第一審原告ちよの名義を使って購入したものであり、当時第一審原告ちよにはこれらの土地を購入することができるような経済的余裕がなかったものと理解していたことを認めることができる。

右によれば、仮に第一審原告ちよの前記処分行為が不法行為に当たるとしても、第一審被告隆は、昭和六三年一二月中には、右土地が誠治所有のものと理解した上で、第一審原告ちよによってこれが処分された事実を知っていたものと認めるのが相当である。そして、第一審被告隆が、平成五年五月二七日送達(記録上明らかである。)の本件反訴状によって請求するまでの間に、損害賠償の請求をした形跡はない。

したがって、仮に不法行為が成立するとしても、第一審被告隆の損害賠償請求権は、時効によって消滅したことになるから、反訴請求の抗弁は理由がある。

三  以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、第一審被告隆の反訴請求は理由がない。

第三  よって、第一審原告らの本訴請求を一部認容した原判決は相当でないから、原判決中、本訴請求に関する第一審被告ら敗訴の部分を取り消した上、本訴請求をいずれも棄却し、第一審被告らのその余の控訴及び第一審原告らの控訴をいずれも棄却して、主文のとおり判決する。

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